東大寺大仏に目を描いたインド僧・菩提遷那の数奇な生涯と来日の真相
開眼供養を終えた後、ボーディセーナは平城京随一の国際学術寺院であった大安寺(現在の奈良市大安寺)に住まいました。大安寺は当時、多国籍な僧侶が集まるシルクロードの終着駅のような場所であり、彼はここで後進の育成に全力を注ぎます。
彼がもたらした最大の学術的貢献の一つが、サンスクリット語(梵語・梵字)の本格的な教授です。ボーディセーナの指導によって、日本の僧侶たちは仏教原典の言語構造や発音体系(悉曇学)を直接学ぶことが可能になりました。この言語研究の流れは、後の平安時代に空海が真言密教を体系化する際、梵字を深く理解する大きな礎となりました。
また、東大寺の本尊である盧舎那仏の根本教理である『華厳経』の講義を精力的に行い、南都六宗の教理的発展に決定的な役割を果たしました。天平宝字4年(760年)、ボーディセーナは大安寺において57歳で入滅。平城京の西山に手厚く葬られました。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/efnwfzyu/4982159/