赤提灯の奥に潜む独自ルール:飛田新地の知られざる歴史と実態
この街を理解する上で避けて通れないのが、建前と実態の精緻な二重構造だ。1958年に売春防止法が完全施行された際、全国の遊郭や赤線地帯は姿を消すか業態転換を余儀なくされた。しかし、この地は「飛田料理組合」を組織し、表向きは料亭が並ぶ「料理飲食業・歓楽街産業」へと看板を掛け替えることで存続を図った。客は料亭で「お茶と菓子」の提供を受け、仲居(女性)と店内で自由恋愛に及んだ結果として対価を支払う――この法的な擬制(フィクション)こそが、街を維持してきた屋台骨である。
エリア内は「メイン通り」「青春通り」「妖怪通り」など、通りの名称ごとに明確な傾向と年齢層の棲み分けがなされている。明朗会計を謳う料金システムは一律に管理され、時間単位で細かく区分された価格体系が確立している。店頭での直接的な価格交渉は一切許されず、客が暖簾をくぐると瞬時に玄関の引き戸が閉ざされる。外部からの干渉を徹底して排除しつつ、内部の秩序を鉄の結束で守るこのシステムは、半世紀以上にわたる試行錯誤の末に磨き上げられた都市の防衛本能とも言える。
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