三遊亭楽太郎の素顔と軌跡|六代目円楽襲名の重圧と歌丸との絆
三遊亭楽太郎こと本名・會泰通(あい やすみち)は、青山学院大学法学部に在籍していた1970年、学生運動の熱気が残る時代に落語の世界へ飛び込みました。師匠となったのは、当時すでにスター落語家として名を馳せていた五代目三遊亭圓楽です。大学の先輩の紹介をきっかけに弟子入りを果たし、学業と前座修行を両立させるという、当時の落語界では異色の経歴を歩み始めました。
五代目圓楽と楽太郎の師弟関係は、単なる上下関係を超えた強い結びつきで知られていました。五代目は楽太郎の頭の回転の速さとプロデュース能力を高く買い、早くから付き人やマネージャーのような役割も任せます。楽太郎自身も師匠を深く敬愛し、五代目が設立した「円楽一門会(落語三遊派)」の運営や、私財を投じて建てた寄席「若竹」の経営面でも師を支え続けました。
また、その端正なルックスと明瞭な語り口から、若手時代はマルチな才能を発揮します。ラジオのパーソナリティはもちろん、声優としても活動し、アニメ『銀河英雄伝説』のルッツ役や洋画の日本語吹き替えなどに出演。伝統芸能の枠にとどまらない幅広い表現力を培っていきました。
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