本能寺の変を動かした?長宗我部元親の正室・得月院の波乱の生涯

本能寺の変を動かした?長宗我部元親の正室・得月院の波乱の生涯とはどのようなものなのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

Q1:得月院と春日局(斎藤福)はどのような関係ですか?
A1:得月院の異父兄である斎藤利三の娘が、のちに徳川家光の乳母として大奥を統率した春日局(斎藤福)です。したがって、得月院から見ると春日局は「姪」にあたります。得月院の親族ネットワークは織田・豊臣期だけでなく、徳川幕府の黎明期にまで深い影響を及ぼしていました。

Q2:得月院の本名や詳しい生没年は分かっていますか?
A2:実名は記録に残っておらず、父親の名字から「石谷夫人(いしがいふじん)」、出家後の法号から「得月院」と呼ばれます。生年は不明ですが、没年は天正10年〜11年(1582〜1583年)頃とする説が有力です。

Q3:なぜ「石谷家文書」の発見で得月院が再注目されたのですか?
A3:2014年に発見された石谷家文書により、本能寺の変の直前まで元親と斎藤利三が緊密に連絡を取り合っていた証拠が確認されたためです。その強固な連絡ルートの中核にあったのが、利三の妹であり元親の妻であった得月院の血縁関係でした。これにより、「四国政策の破綻が光秀を謀反に駆り立てた」という説の信憑性が決定的なものとなりました。

斉藤 蓮

斉藤 蓮

デジタルマーケティングコンサルタント

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

タグ: https://aitraining.bnsf.com/peopfgbe/7727833/