廃炉決定から10年——「夢の原子炉」が日本に残した膨大なツケと、2026年の新たな核燃料サイクル戦略
もんじゅの膝元である福井県敦賀市は、半世紀以上にわたり日本の原子力政策と共に歩んできた。かつては膨大な交付金と固定資産税が潤沢な財源となり、インフラ整備や福祉施策を支えた。しかし、2016年の廃炉決定は地域経済に冷や水を浴びせた。
「もんじゅが止まっても、廃炉作業で人は来る。だが、かつてのような活気はない」。市内の商店街で店を営む70代の男性は呟く。さらに地元住民の胸中を複雑にしているのが、廃炉作業が完了する2040年代後半まで、この地が実質的な「放射性廃棄物の保管場所」として固定化するのではないかという懸念だ。国が約束した「廃炉後の新研究拠点」の構想も具体性を欠き、地域社会は期待と失望の狭間で揺れ続けている。
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