大貫妙子の若い頃が美しいと話題!名盤秘話と現在の姿を徹底解剖

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大貫妙子の音楽キャリアを紐解く上で、山下達郎と坂本龍一という二人の巨頭との関わりは決定的な意味を持ちます。1975年にリリースされたシュガー・ベイブ唯一のアルバム『SONGS』では、山下達郎の緻密なコーラスワークと対をなすように、大貫が作詞・作曲を手がけた「いつも通り」や「約束」が収録され、バンドのソングライティングにおける重要な柱となっていました。

しかし、当時の音楽メディアや興行界は彼らの先鋭的な音楽性を正当に評価できず、商業的な苦境の中でバンドは1976年に解散へ追い込まれます。ソロ活動を開始した大貫は、1stアルバム『Grey Skies』を経て、アレンジャーに坂本龍一を抜擢した運命作『SUNSHOWER』へと舵を切りました。坂本の手引きによって細野晴臣、高橋幸宏、渡辺香津美といった当代屈指のプレイヤーが集結し、ジャズ・フュージョンとクロスオーバーする斬新なサウンドが構築されたのです。

後年のインタビューや手記において、大貫は当時の創作現場を「龍一くんのアプローチは常に私の想定を軽々と飛び越えていった。スリリングで、一切の妥協が許されない空間だった」と回想しています。特に「都会」や「4:00A.M.」で見られる、冷徹な都会の孤独と人間の温もりを同居させたサウンドスケープは、大貫の類まれな作詞・歌唱センスと坂本のアヴァンギャルドなアレンジメントが奇跡的なバランスで融合した成果でした。

その後も大貫は、坂本龍一らYMOのメンバーとともに『ROMANTIQUE』(1980年)、『AVENTURE』(1981年)、『CLICHE』(1982年)のいわゆる「ヨーロッパ3部作」を制作。歌謡ポップスとは一線を画す無機質で耽美的なヨーロピアン・サウンドを確立し、日本のニューミュージック界に金字塔を打ち立てました。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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