朝ドラ『マッサン』モデル竹鶴政孝とリタの実話!ドラマとの違いと真相
竹鶴夫妻には実子がいませんでした。そのため、二人は昭和5年(1930年)に養女・房子(ドラマのエマのモデル)を迎え入れます。しかし、ウイスキー事業を技術面から継承する男子の後継者を切望していた政孝は、昭和18年(1943年)、自身の甥にあたる竹鶴威(たけし)を養子として迎えました。
威は北海道大学工学部で応用化学を学び、政孝と同じ醸造技術者の道を歩みました。戦後はニッカウヰスキーに入社し、後に第2代マスターブレンダーおよび社長に就任。政孝が築いた職人技の伝統を守りつつ、仙台の宮城峡蒸溜所の建設や近代的な品質管理システムの導入を主導し、ニッカを世界的ブランドへと成長させました。
竹鶴の血脈と哲学を受け継いだ威氏の存在なくして、現在のニッカウヰスキーの世界的栄光はあり得ませんでした。家庭内では時に厳格な政孝とぶつかり合いながらも、父の頑固な夢を真摯に昇華させた後継者として、歴史に確固たる足跡を残しています。
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