碁盤の目とは?京都や札幌が格子状の街になった歴史と驚きの利便性
日本における碁盤の目の歴史を語る上で欠かせないのが、延暦13年(794年)に桓武天皇によって造営された平安京です。なぜ古代の日本は、巨額の国費と労力を投じて京都盆地に巨大な格子状の都を築いたのでしょうか。
その直接のルーツは、当時の東アジアにおける超大国・唐の首都であった「長安城」にあります。当時の日本は、律令制度に基づく強固な中央集権国家の確立を急いでいました。その権威を内外に示すため、古代中国の思想である「天子(皇帝)は北に座して南を向く」という世界観を具現化した都市形態をそのまま輸入した形です。
都の中央を南北に貫くメインストリート「朱雀大路」を軸に、左右対称に街を配置。南北に走る大路・小路と、東西に走る大路・小路を規則正しく交差させる都市区画制度を「平安京条坊制」と呼びます。東西の通りを「一条」「二条」と数字で順次割り振ることで、誰がどこに住んでいるかを一元管理し、徴税や治安維持をスムーズに行う狙いがありました。
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