吉本印天然素材の真実|脱退と確執の真相から現在の姿まで徹底解剖
絶頂期の1994年秋、ユニットの屋台骨を揺るがす決定的な出来事が起きます。ナインティナインの電撃脱退です。
当時、岡村隆史と矢部浩之は『めちゃ×2モテたいッ!』の前身番組や『ナインティナインのオールナイトニッポン』の立ち上げなど、単独のレギュラー仕事が激増していました。東京での単独活動が軌道に乗り始めたふたりにとって、深夜まで続く天素のダンスリハーサルは過酷を極めていました。しかし、脱退を決意させた本質的な理由はスケジュール問題だけではありませんでした。
岡村隆史は後に自身の番組や自著において、「自分たちは芸人であり、お笑いをやりたいのに、舞台に出て行っても黄色い歓声ばかりでネタを聞いてもらえない恐怖があった」と率直に告白しています。ステージ上でネタを飛ばしてもキャーキャーと声援が飛ぶ環境に、芸人としての致命的な危機感を覚えたのです。
このナイナイの脱退は、残されたメンバーとの間に深刻な亀裂を生みました。当時リーダー格としてユニットを牽引していた雨上がり決死隊の宮迫博之や、苦楽を共にしてきたFUJIWARAの藤本敏史らにとって、最年少でありながら人気を牽引していたナイナイの離脱は「抜け駆け」のように映り、楽屋では口も利かない極度の緊張関係が生まれました。関係者の証言によると、当時のバラエティ番組の収録裏では、互いに目を合わせることすら避けるピリピリとした空気が数年間にわたって続いていたといいます。
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