戦艦大和はなぜ沈没したのか?最後の戦闘と海底に眠る真実の全貌
生存者の手記や証言録には、当時の艦内の阿鼻叫喚の様子が生々しく記されています。副電測士として乗艦していた作家・吉田満氏の『戦艦大和ノ最期』をはじめ、生還した乗組員たちの証言は戦闘の凄惨さを物語っています。
傾斜復旧のために行われた右舷への緊急注水は、右舷ボイラー室や発電機室にいた人員を退避させる余裕すらなく実施され、多くの乗組員が持ち場を守ったまま水に呑まれました。艦橋では、通信機能が失われ、航海灯や号令伝達が途絶する中、有賀幸作艦長は羅針儀に自らの体を縛り付けて艦と運命を共にし、伊藤司令長官もまた長官室へと静かに姿を消したと伝えられています。
14時20分、総員退去線路(退艦命令)が発令されましたが、そのわずか数分後、艦は急速に横転。傾斜が80度を超えた直後の14時23分、海中へ没しつつあった前部主砲火薬庫が大爆発を起こしました。キノコ雲状の巨大な噴煙は高度数千メートルにまで達し、鹿児島本土からも視認できたと記録されています。この大爆発の衝撃波と渦巻きによって、海面に脱出していた多くの乗組員が命を落とす結果となりました。
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