葛飾北斎『蛸と海女』の真相|なぜ描かれたのか?世界的傑作春画の謎
インターネット上の言説や初見の鑑賞者において、本作はしばしば「巨大な海の怪物に女性が無残に襲われている恐ろしい絵」と誤解されるケースが散見されます。しかし、画面全体にびっしりと書き込まれた「詞書(ことばがき)」を丹念に解読すると、その真相は正反対であることが判明します。
画面の大半を占める大蛸と海女、そして足元にいる小蛸の間では、次のような極めて親密でユーモラスな言葉が交わされています。
大蛸は海女の体を愛撫しながら「いつそ吸くちがえゝから、いぼのすいつく所がたまらない」「竜宮へつれていってやろう」と甘美に語りかけ、足元の小蛸もまた「親父の吸いつきはどうだい」と茶目を利かせます。それに対し、海女は目を閉じ、全身の力を抜いて「にくい八足(やつあし)め、あんまり吸いつくから骨までとろけそうだ」と、深い恍惚と歓びの声を漏らしているのです。
ここには暴力や略奪の影は一切なく、「異類との親密な言葉のキャッチボールと完全な相互合意」が描かれています。恐ろしさと官能、そして思わずクスリと笑わせる江戸前のユーモア(諧謔)を同居させることこそが、北斎が意図した真の演出でした。
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