藤原ヒロシとNigoの不仲説は真実か?「2号」の由来と現在の絆

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1993年4月、日本のストリートファッション史における最大の転換点が訪れます。NIGOと、文化服装学院の同級生であったUNDERCOVER(アンダーカバー)の高橋盾(JONIO)が共同で原宿にオープンしたショップ「NOWHERE(ノーウェア)」です。この出店に際しても、藤原ヒロシは資金面や出店場所のアドバイス、プロデュース的な視点から全面的にバックアップを行いました。

ショップ内でNIGOがグラフィックデザイナーのSk8thing(スケシン)と共に立ち上げたのが、伝説のブランド「A BATHING APE(ア・ベイシング・エイプ / BAPE)」でした。藤原ヒロシが主宰していた「GOODENOUGH(グッドイナフ)」の手法を踏襲し、意図的に生産数を絞って希少価値を高めるマーケティングを展開。これが入場整理券を求めて数百人が連日徹夜で並ぶ「裏原宿ブーム」という社会現象へと発展していきます。

当時を知る関係者はこう証言します。「NIGO君は徹底してヒロシさんの美学をサンプリングし、それを独自の解釈でポップカルチャーへと翻訳した。ヒロシさんが敷いたアンダーグラウンドのレールの上を、NIGO君は超特急のエンターテインメント列車として走らせたのです」。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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