【真相】なぜ日本人だけ全員水死?ノルマントン号事件と不平等条約の闇

【真相】なぜ日本人だけ全員水死?ノルマントン号事件と不平等条約の闇について見逃せない 注意点を分かりやすい構成で解説いたします。

ノルマントン号事件は、中学歴史の教科書でも必ず扱われる最重要トピックの一つですが、それはこの事件が単なる海難事故ではなく、幕末から続く「不平等条約」の理不尽さを全国民に骨身にしみて理解させた歴史的転換点だったからです。

1858年に江戸幕府が結んだ日米修好通商条約および安政の五カ国条約には、日本にとって致命的な2つの不平等項目が含まれていました。

  1. 領事裁判権(治外法権)の容認:日本国内で外国人が犯罪を犯しても、日本の法律や裁判所では裁けず、その国の領事が自国の法律で裁く。
  2. 関税自主権の喪失:日本に入ってくる輸入品に対する関税率を自国で自由に決定できず、相手国との協定で極めて低く抑えられる。

ノルマントン号事件では、まさにこの「領事裁判権」が仇となり、日本人25名が命を奪われた重大事案でありながら、日本側の司法は傍観を強いられました。怒りの収まらない日本政府は、兵庫県知事の内海忠勝を通じてドレーク船長を「殺人罪」で横浜の英国高等領事裁判所へ再告訴。1886年12月、ようやく「業務上過失致死罪」として禁錮3ヶ月の有罪判決を勝ち取ったものの、25名の命に対する代償としてはあまりに軽い結末でした。

この深い屈辱と教訓を受け継ぎ、外交の現場で結実させたのが、後に「カミソリ大臣」と称された外務大臣・陸奥宗光です。

陸奥は、井上馨のような表面的な西洋化(欧化政策)ではなく、日本の法制度の整備(民法・刑法の近代化)を着実に進め、国際情勢のパワーバランス(ロシアの南下政策に対するイギリスの警戒心)を冷徹に突く外交戦略を展開しました。その結果、事件から8年後の1894年、日英通商航海条約の調印に成功し、悲願であった領事裁判権(治外法権)の完全撤廃を達成したのです。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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