130年続く奇跡の食感!岡山発マシュマロ銘菓の秘密と現在地
時計の針を明治中期に戻してみよう。当時、ハイカラな舶来品として日本に持ち込まれた西洋菓子「マシュマロ」に着目したのが、創業者の下山治四郎だった。多くの職人が異国の味を模倣するだけで終わるなか、治四郎はまったく新しい地平を目指した。卵白を泡立てたマシュマロ生地で、日本伝統の上質な黄身餡を包み込むという前代未聞のアイデアである。
試行錯誤の末に生まれたその造形は、後楽園の鶴にちなんで名付けられた。紅白の彩りは慶事の象徴として瞬く間に評判を呼び、やがて日本三大マシュマロ菓子の一つとして全国にその名を知られるようになる。和と洋の技術を融合させたこの銘菓は、単なる珍しさではなく、圧倒的な完成度によって人々の心を掴んだ。
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