名優・緒形拳の壮絶な最期と死因の真相|病を隠した遺作と家族の現在
舞台やテレビで確固たる地位を築いた緒形さんは、1970年代から映画界でも唯一無二の存在感を発揮します。中でも今村昌平監督とのタッグは、日本映画史に燦然と輝く金字塔を打ち立てました。
1979年の映画『復讐するは我にあり』では、実在の連続殺人犯・榎津巌を怪演。冷酷非道でありながら、どこか滑稽で圧倒的な生命力を放つ殺人犯を剥き出しの人間性で演じ切り、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめ各映画賞を総なめにしました。単なる悪人にとどまらない「人間の业(ごう)」を体現する演技力は、国内外の映画関係者に強烈な衝撃を与えました。
さらに1983年の今村監督作『楢山節考』では、年老いた母親を山へ捨てる息子・辰平役を熱演。極限の寒さや過酷なロケーションに耐え抜いたリアリズムの結晶である同作は、カンヌ国際映画祭で最高賞(パルム・ドール)を受賞し、緒形拳の名は世界的な評価を確立しました。
現場でのストイックさは伝説的で、役作りのために歯を削る、極限まで肉体を追い込むといったエピソードには事欠きません。現場に入ると妥協を一切許さず、監督や共演者と魂を削り合って作品を作り上げる姿勢こそが、彼を不世出の名優たらしめた真髄でした。
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