旧渋谷川遊歩道路の正体とは?暗渠の歴史とキャットストリートの現在
川から暗渠道路へと姿を変えたこの道が、なぜ「キャットストリート」と呼ばれるようになったのか。「キャットストリート なぜ猫」という疑問は、訪れる人の誰もが一度は抱く謎です。巷で語られる主要な説は、大きく3つに分類されます。
第1の説は、「猫の額(ひたい)のように道幅が狭小だったから」という地形・空間構造に着目した説です。暗渠化された直後の遊歩道は、両脇に民家や町工場の裏手が迫り、表通りに比べて非常に幅員が狭い路地裏でした。小回りの利く歩行者しか通れない細道を比喩した表現が、そのまま通称へと変化したという見方です。
第2の説は、「暗渠特有の湿気や魚屋の残飯を求めて、無数の野良猫が棲みついていたから」という生態系由来の説です。昭和40年代から50年代にかけての暗渠周辺は、日当たりが悪く人通りもまばらな抜け道でした。コンクリート蓋の継ぎ目から漏れる下水の温もりや隙間を住処とする猫が多く、近隣住民の間で「猫の通り道」と認知されていた事実が、当時の地域コミュニティの取材記録からも裏付けられています。
第3の説は、1980年代の原宿ストリートカルチャーに端を発するカルチャー起源説です。この遊歩道沿いに店を構え、原宿のロカビリー・50sブームを牽引した伝説的アパレルショップ「ピンク・ドラゴン」。その創業者である山崎眞行氏や、同店から誕生した伝説のロックバンド「BLACK CATS(ブラック・キャッツ)」の存在にちなんで名付けられたという証言です。原宿のカルチャー史を追究する編集者や当時の常連たちの間では、このピンク・ドラゴン発祥説こそが最も有力な定説として語り継がれています。
取材を総合すると、この3つの事象は対立するものではなく、時系列に沿って有機的に結合した結果であると結論付けられます。もともと猫の額のように狭く野良猫が集まっていた裏道に、80年代のユースカルチャーと「BLACK CATS」の伝説が重なり合い、誰からともなく「キャットストリート」という唯一無二の呼称が定着していったのです。