鳥居強右衛門の壮絶な最期と真相|長篠を救った忠義の決断と子孫の現在

鳥居強右衛門の壮絶な最期と真相|長篠を救った忠義の決断と子孫の現在の重要ポイントをお届けします。役立つ情報が満載です。

鳥居強右衛門の最期は、味方である奥平・徳川軍だけでなく、敵である武田軍の将兵にも凄まじい衝撃を与えました。その代表例が、武田軍の武将・落合左平次道次(おちあい さへいじ みちつぐ)のエピソードです。

強右衛門が自らの命を投げ出して城兵に真実を叫び、磔にされて堂々と絶命した姿を目の当たりにした左平次は、「これほどの義士は見たことがない。この男の武勇と忠義にあやかりたい」と深く心を打たれました。左平次は強右衛門の親族に許可を得て、強右衛門が磔にされた姿をそのまま自らの旗指物(戦場で背中に掲げる軍旗)に描き写しました。

髪を振り乱し、両手両足を広げて磔にされた無残かつ気高い姿を描いた「落合左平次道次背旗(磔背旗)」は、現在も東京大学史料編纂所に実物写しが所蔵されているほか、愛知県新城市の設楽原歴史資料館などに関連史料が展示されています。敵将が戦功ではなく「敵兵の忠義」に敬意を表して旗印にした事例は日本武術史上でも極めて珍しく、戦国期における武士道美学の象徴として語り継がれています。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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