『あゝ無情』誕生秘話とアン・ルイスの現在|名曲の真相と引退後のリアル
『六本木心中』(1984年)の大ヒットに続き、アン・ルイスのロック路線を不動のものにしたのが1986年4月にリリースされたシングル『あゝ無情』でした。有線放送やテレビ番組を通じて瞬く間に日本中を席巻したこの曲の心臓部は、作詞家・湯川れい子が手がけた極めて切れ味の鋭い言葉の数々にあります。
「サングラス外したら 吹き出しちゃうほど あどけない目をしてる」「フライング・バージン」といったフレーズは、発表当時からリスナーに強烈なインパクトを与えました。湯川れい子が当時の取材手記や回顧録で語ったところによると、この歌詞は当時夜の六本木や赤坂の街で見かけられた「背伸びをして格好をつけている若い男たち」と、「それを一枚上手で見透かしている自立した大人の女」のリアルなパワーバランスから着想を得たといいます。都会の刹那的な恋の駆け引きを冷徹に切り取りつつ、どこか男の脆さを抱きしめるようなアン・ルイスの姉御肌の魅力が、この歌詞を通じて見事に結晶化しました。
一方で、インターネット上の検索クエリや音楽ファンの間で長年囁かれているのが「アン・ルイス あゝ無情 作曲 うじきつよし」というトピックです。結論から言えば、『あゝ無情』の実際の作曲者は矢沢永吉のバックバンド等でも名を馳せた伝説のロックデュオNOBODY(相沢行夫・木原敏雄)であり、うじきつよしではありません。編曲は佐藤準が担当しています。
ではなぜ、うじきつよしの名がこれほど想起されるのか。その背景には、アン・ルイスの音楽キャリアにおける深いうじきつよしとの関わりが存在します。子供ばんどを率いていたうじきつよしは、アン・ルイスの1989年の大ヒットバラード『WOMAN』の作曲者であり、彼女のバックバンド「PINX」の周辺プレイヤーとしても深く共闘していました。ロックシンガーとしてのアン・ルイスの硬質なイメージと、うじきつよしの骨太なロックスピリットがファンの記憶のなかで強く結びついた結果、代表曲である『あゝ無情』のコンポーザーと混同される現象が生まれたのです。