「まずい!もう一杯」Cmの真相と八名信夫の現在|伝説の誕生秘話
「まずい!もう一杯」の説得力を支えたのは、八名信夫という男が背負ってきた過酷な人生経験そのものでした。1935年(昭和10年)に岡山県で生まれた八名さんは、明治大学を経て1956年に東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)へ投手として入団した本物のプロ野球選手でした。
180センチを超える恵まれた体躯から繰り出す剛速球で将来を嘱望されていたものの、登板中の不慮の事故による腰椎損傷と複雑骨折によって、わずか3年で現役引退を余儀なくされます。生きる道を断たれ、失意の底にあった八名さんを救ったのが、東映の初代社長・大川博氏からの「映画俳優にならないか」という一言でした。
映画界に転身した八名さんは、主役を輝かせるための「悪役」に自らの居場所を見出します。斬られ役、撃たれ役、裏切り者——通算で千数百回以上も劇中で命を落とす役を演じ切り、昭和の任侠映画や刑事ドラマに欠かせない名バイプレイヤーへと上り詰めました。1983年には、映画界の斜陽によって仕事を失いかけた仲間たちを集め、悪役専門の芸能集団「悪役商会」を結成。「悪役こそが社会の善悪を教える」「子供たちに恥じない生き方をしよう」と、ボランティア活動や老人ホーム慰問にも力を注ぎました。
人生の挫折を味わい、日陰の道を泥臭く歩んできた男だからこそ、緑色の濁った苦汁を前にしたとき、軽薄なお世辞など言えるはずがありませんでした。「まずい!もう一杯」は、八名さんの不屈の生き様そのものが発露した魂の叫びだったのです。
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