勝率96%雷電為右衛門はなぜ横綱になれず禁じ手を課されたのか

勝率96%雷電為右衛門はなぜ横綱になれず禁じ手を課されたのかの全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。

雷電が活躍した寛政期は、江戸相撲の歴史において「第1期黄金期」と呼ばれています。その黄金期を支えたのが、谷風梶之助、小野川喜三郎、そして雷電為右衛門の三大巨頭でした。

雷電が江戸の土俵に登場した際、すでに頂点に君臨していたのが「相撲の神様」と称された横綱・谷風でした。谷風は雷電の並外れた素質をいち早く見抜き、稽古をつけて相撲の礼法や技術を徹底的に叩き込んだ大恩人でもあります。両者の本場所での直接対戦記録は残っていませんが、雷電は終生、谷風を師のように敬愛し続けました。

一方、業師として名を馳せた横綱・小野川との対決は、当時の江戸っ子を熱狂させました。記録に残る両者の対戦成績は、雷電の17勝3敗1分1預かり。小野川をもってしても雷電の快進撃を止めることは極めて困難でした。しかし、雷電に土をつけた数少ない力士のひとりが小野川であり、彼らハイレベルな好敵手が存在したからこそ、雷電の強さは本物として後世に語り継がれることになったのです。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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