なぜ「インド人を右に」生まれた?伝説の誤植ゲーメストの舞台裏と真相
では、なぜこのようなシュール極まる珍文が誕生してしまったのでしょうか。その真相を紐解く鍵は、当時の雑誌制作におけるアナログな入稿フローにあります。
1997年当時、パソコンによるDTP(デスクトップ・パブリッシング)化が進みつつあったものの、現場の攻略ライターたちは原稿用紙にペンで文章を走らせる手書き原稿が主流でした。ライター陣が執筆した生原稿は、そのまま印刷所や外部の写植・文字入力会社へと送られ、専門のオペレーターがキーボードで電子テキスト化する分業制が採られていたのです。
本来ライターが執筆した正しい文面は、ドリフト状態からマシンを立て直すためのステアリング操作を意味する「ハンドルを右に」でした。このカタカナ4文字が、ライターの悪筆と独特な筆跡のクセによって、オペレーターの目には完全に別の文字列として投影されてしまったのです。
具体的な字形の崩れ方を検証すると、以下のようなプロセスで奇跡の誤読が完成したことが判明しています。
まず先頭の「ハ」です。ライターが走り書きした「ハ」の左払いが長く立ち、右払いが小さく丸まった結果、カタカナの「イ」に酷似してしまいました。続く「ン」と「ド」はそのまま読めましたが、問題は末尾の「ル」でした。払いの角度が急になり、2画目が左側の払いに深く重なった結果、漢字の「人」とほぼ同一の形状になってしまったのです。
つまり、「ハ・ン・ド・ル」と書かれた文字が、外部オペレーターの手元では「イ・ン・ド・人」としか読めない形状になっていたわけです。
入力担当者はゲームの専門家ではなく、あくまで文字入力を請け負う外部スタッフでした。「レーシングゲームの攻略記事にインド人が出てくるはずがない」という文脈判断よりも、「原稿にそう書いてあるように見えるからそのまま打ち込む」という作業優先の力学が働き、校正のフィルターを一切通過することなく印刷機が回りきってしまいました。