アンタッチャブル何があった?10年休止の真相と電撃復活の全貌

アンタッチャブル何があった?10年休止の真相と電撃復活の全貌について分かりやすく解説いたします。最新の情報をお届けします。

2011年1月に柴田が復帰を果たした後も、なぜアンタッチャブル10年ぶり共演までこれほどの歳月を要したのでしょうか。多くのファンが疑問に感じた「アンタッチャブル山崎の共演NG」の背景には、山崎弘也という芸人の並外れた美学とリアリズムが存在していました。

柴田が復帰した当時、山崎はすでにピン芸人としてバラエティ界のトップランナーに君臨していました。もし山崎が手を差し伸べ、「アンタッチャブル復活」を掲げて番組に出演すれば、世間の注目を集めて手っ取り早く話題を作ることは容易だったはずです。しかし、山崎は頑としてそれを拒絶しました。当時の山崎の胸中には、次のような明確な判断基準があったと後に明かされています。

「山崎のおかげでテレビに出られている」という構図で復活してしまえば、柴田は一生“山崎のバーター”として見られることになる。アンタッチャブルは、お互いが対等な力を持ったトップランナーでなければならない――。山崎は柴田に対し、「柴田さんが一人で番組に呼ばれ、世間から芸人として完全に求められるポジションを取り戻すまで、漫才も共演もしない」という極めて過酷な条件を暗に課したのです。

ネット上で囁かれ続けたアンタッチャブル不仲説の真相は、感情的な仲違いなどではなく、お笑いという表現に対する山崎の厳格すぎるほどの誇りと、相方への究極のリスペクトがもたらした「あえて突き放す」という選択でした。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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