昭和の大横綱・大鵬の伝説!優勝32回と孫・王鵬へ受け継がれる血脈
大横綱・大鵬の原点は、昭和の激動を象徴する壮絶な幼少期にあります。本名は納谷幸喜(なや こうき)。1940(昭和15)年5月29日、当時の樺太(サハリン)敷香郡敷香町で、ウクライナ人の父マルキャン・ボリシコと、日本人の母・納谷キヨの間に生まれました。ロシア語名はイヴァン・ボリシコ。しかし、終戦に伴うソ連軍の進攻により父と生き別れとなり、母とともに命からがら北海道へと引き揚げる過酷な運命を辿ります。
北海道弟子屈町(てしかがちょう)で極貧生活を送りながら育った納谷少年は、母親を助けるために家計を支え、抜群の体格と運動神経を見込まれて二所ノ関部屋へ入門。1956年秋場所に初土俵を踏みました。四股名「大鵬」は、中国の古典『荘子』に登場する、一度羽ばたけば万里を飛ぶという伝説の巨大な鳥「鵬」に由来します。
入門後は天性の柔軟性と怪我を恐れぬ稽古量で瞬く間に番付を駆け上がり、1960年11月場所で幕内初優勝を飾ると、翌1961年秋場所後には21歳3カ月の史上最年少記録(当時)で第48代横綱へ昇進を果たしました。過酷な引き揚げ者としての出自を乗り越え、実力一つで頂点へと駆け上がった足跡こそ、大相撲史に残る大鵬伝説の幕開けでした。
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