島耕作の生みの親・弘兼憲史が語る創作の真髄と激動を生き抜く術
早稲田大学法学部を卒業後、弘兼憲史が入社したのは当時の松下電器産業だった。配属された宣伝部での濃密な3年間。この実体験こそが、後に彼が世に送り出す作品群の強靭な骨格となる。
会議室に漂う独特の緊張感、派閥争いの水面下の駆け引き、名刺交換の所作ひとつに宿る力関係。電通や新聞各社との泥臭い折衝のなかで肌で感じ取った「働く人間のリアルな欲望と矜持」は、机上の空論では決して描けないものだった。漫画家へ転身する際、周囲の猛反対を押し切って退職した当時のエピソードについて、弘兼は「現場の匂いを知っていたからこそ、紙の上に本物の人間を立たせることができた」と振り返る。虚飾を排し、徹底した足場固めから物語を構築する職人魂は、このサラリーマン時代にすでに完成していた。
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