昭和の大スターはなぜ表舞台を捨てたのか? 宮城まり子が「ねむの木学園」に捧げた生涯と、没後6年目に問いかける遺産
子どもたちの現実と可能性を一人でも多くの人に知ってもらうため、彼女は映像の世界にも打って出た。自ら監督となり、マイクを握り、カメラを回してドキュメンタリー映画を制作したのだ。『ねむの木の詩』をはじめとする作品群は、スクリーンを通して子どもたちのありのままの表情や命の力強さを全国に届けた。
映画制作の資金もまた、彼女自身のポケットから出された。興行によって得られた収益は、すべて学園の拡充や子どもたちの生活費へと充てられた。私生活のすべてを犠牲にし、己の存在すら消し去る勢いで子どもたちに尽くす姿。周囲からは時に「狂気」とさえ評されたが、それこそが彼女の選んだ愛の形だった。
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