広島カープ歴代監督の勝敗史!黄金期から新井采配に至る激闘の真相
ファンの記憶に最も深く刻まれているのが、1970年代中盤から80年代にかけて訪れた古葉竹識黄金時代と、2010年代後半に列島を赤く染めた緒方孝市3連覇という2つの巨大な絶頂期です。しかし、その華々しい栄光の舞台裏には、戦術の冷徹な割り切りと、指導者としての極限の苦悩が渦巻いていました。
1975年、シーズン開幕直後にジョー・ルーツ監督が審判への猛抗議の末に電撃辞任。突如としてチームを託された古葉監督は、ルーツが導入した「赤ヘル」の闘争心を受け継ぎつつ、徹底した機動力野球とサインプレーの厳格化を断行しました。当時の手記や特番インタビューにおいて、古葉監督は「相手の隙を突く1本の走塁が、10本の安打に匹敵する」と語っています。衣笠祥雄、山本浩二という大打者を擁しながらも、決して大味な野球に頼らず、1点を泥臭く守り抜く「耐えて勝つ」哲学を浸透させたことで、球団初のリーグ制覇、そして3度の日本一という金字塔が打ち立てられました。
それから約30年の時を経て現れたのが緒方孝市監督です。就任初年度の2015年、前評判が高かったチームを4位に沈め、メディアやファンから激しいバッシングを浴びた緒方監督の心中は察するに余りあります。しかし、指揮官は自身の著書『赤めがね』のなかでも吐露しているように、自らの指導スタイルを見つめ直し、首脳陣との対話を強化。翌2016年からは圧倒的な練習量をベースに、相手の送球や捕球姿勢を見極めて次の塁を奪う「超積極的走塁」を植え付けました。黒田博樹投手の男気復帰と新井貴浩選手の劇的な復活劇が重なり合い、成し遂げた緒方孝市3連覇は、指揮官が妥協なき規律を貫き通した結果もたらされた必然の果実でした。
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