広島・原爆ドームはなぜ残った?解体危機を救った少女の日記と真相
1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の原子爆弾「リトルボーイ」が広島市上空で炸裂しました。原爆ドームから爆心地までの水平距離は約160メートル、上空約600メートルという至近距離でした。周囲の建造物が一瞬にして灰燼に帰したなか、なぜこの建物だけが骨組みを残すことができたのでしょうか。
最大の要因は、爆風がほぼ真上から垂直に直撃したことにあります。建造物は一般的に横方向からの圧力(側圧)に弱く、真上からの下向きの圧力に対しては比較的耐性を持っています。ドーム部分の銅板屋根(融点約1,085度)は数千度の熱線で一瞬にして溶け落ち、爆風が上部の窓や屋根を突き抜けて下へと吹き抜けたことで、壁面全体にかかる水平方向の圧力が劇的に軽減されました。
さらに、外壁の大部分が頑丈なレンガ造りと石材で築かれていたこと、垂直方向の荷重を支える柱が強固に施工されていたことも倒壊を防いだ要因です。しかし、建物内にいた職員ら数十名は全員が即死しており、建物が残ったのはあくまで物理的な構造条件が重なった結果でした。
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