愛宕神社「出世の石段」正しい参拝法と下りると運気低下の真相

愛宕神社「出世の石段」正しい参拝法と下りると運気低下の真相にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

「出世の石段」という呼び名のルーツは、江戸時代初期の寛永11年(1634年)にまで遡ります。三代将軍・徳川家光が芝の増上寺を参詣した帰り道、愛宕山の山頂に見事に咲き誇る源平の梅を目に留め、「誰か馬に乗ってあの梅を取って参れ」と供の者たちに命じました。

愛宕山は、自然の地形としては東京23区内で最も高い標高を誇る難所です。馬が足を滑らせれば命を落としかねない絶壁のような石段を前に、並み居る諸大名や近習たちが尻込みする中、臆することなく名乗りを上げたのが讃岐丸亀藩の家臣・曲垣平九郎(まがき・へいくろう)でした。

平九郎は見事に愛馬を操って急な石段を駆け上がり、山頂の梅の枝を手折って家光公へ献上。家光公はその卓越した馬術と度胸を激賞し、「日本一の馬術の名人」と讃えました。無名の一藩士だった平九郎の名は一夜にして天下に轟き、この劇的な立身出世の武勇伝こそが「出世の石段」の由来となっています。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

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