フランス国旗の色の意味とは?自由・平等・博愛の誤解と歴史の真相
トリコロールが誕生した瞬間には、アメリカ独立戦争の英雄としても知られるラファイエット将軍が深く関わっています。
1789年7月14日のバスティーユ襲撃直後、パリの治安維持のために結成された国民衛兵隊の司令官となったラファイエットは、部下たちにパリ市のシンボルカラーである「青と赤」の円形章(コカルド)を身につけさせました。その数日後、国王ルイ16世がパリ市庁舎を訪問した際、和解の証として王家の色である「白」を青と赤の間に追加したコカルドを国王に献上したとされています。
当時の記録によると、ラファイエットは「この章は世界中を駆け巡るであろう」と宣言したと伝えられています。当初は赤・白・青など配色の順序が定まっていませんでしたが、1794年2月15日、国民公会において画家ジャック=ルイ・ダヴィッドの提案により、風になびいた際の視認性を考慮して「旗竿側に青、中央に白、外側に赤」を配置する現在の縦三色旗が正式に規定されました。
ナポレオン失脚後の復古王政期(1814年〜1830年)には一時的に白単色の王旗へと戻されましたが、1830年の7月革命において、ウジェーヌ・ドラクロワの傑作『民衆を導く自由の女神』に描かれたように民衆がトリコロールを再び掲げ、フランスの不滅の象徴として復活を遂げました。
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