赤線青線の違いを完全解説!戦後昭和の衝撃の真相と今も残る遺構の現在

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戦後の赤線地帯を読み解く上で外せないのが、江戸・明治から続く伝統的な公娼街からの構造転換と、東京下町を代表する私娼窟の歴史です。その代表例が「吉原」そして墨東の「玉の井」「鳩の街」です。

日本最大の遊郭であった浅草の吉原遊郭は、戦後の公娼廃止令によって壊滅したわけではありませんでした。敷地を囲んでいたお歯黒どぶが埋め立てられ、大門の形式的意味が薄れたものの、郭内の楼閣は「特殊飲食店」へと看板を掛け替え、そのまま都内最大の赤線地帯へと衣替えを果たしました。のちに1958年の売春防止法完全施行を迎えると、吉原は即座にサウナ・トルコ風呂(現・ソープランド)へと業態転換を遂げ、現在に至る歓楽街のDNAを温存することになります。

一方、私娼街として独自の文化を形成したのが墨田区の玉の井と鳩の街です。作家・永井荷風が名著『濹東綺譚』で哀愁を込めて描いた玉の井(現在の東向島周辺)は、1945年3月の東京大空襲で灰燼に帰しました。焼け出された業者や女性たちが、曳舟川の向こう側、現在の向島五丁目周辺の疎開地にバラックを建てて集団移転したことで誕生したのが「鳩の街」です。

鳩の街や玉の井の赤線地帯では、昭和20年代半ばから競うように「カフェー建築」と呼ばれる特異な擬洋風建築が乱立しました。警察の指導によって「1階は飲食用のバー・サロン、2階を居住スペース」と見せかける必要があったため、通りに面したファサードには鮮やかな豆タイル(モザイクタイル)がびっしりと貼られ、円柱のアール壁、幾何学模様のステンドグラス、妖しい曲線を描く丸窓など、客を非日常へと誘う意匠が凝らされたのです。それは、戦後の過酷な貧困と隣り合わせに咲いた、幻惑的な都市のあだ花でした。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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