箱根駅伝の歴代山の神は何が凄かった?記録と現在の進路の真相に迫る
「山の神」という呼称が箱根駅伝の歴史に刻まれて以降、5区は単なる特殊区間から「勝敗を左右する最重要ステージ」へと完全に変貌を遂げました。この称号を手にしたランナーたちは、単に区間賞を獲得しただけでなく、レースの常識そのものを覆す衝撃を走りに宿していました。
その原点となったのが、順天堂大学の初代山の神 今井正人選手です。2005年の第81回大会、トップと数分以上の大差が開いた状況でタスキを受けた今井選手は、急峻な峠道を平地のように駆け上がり、ごぼう抜きを演じて11人を置き去りにしました。翌年、さらにその翌年と3年連続で圧倒的な区間記録を樹立。実況アナウンサーが発した「山登りに神がいました」というフレーズとともに、元祖としての地位を不動のものとしました。
この伝説をさらに強烈なスペクタクルへと昇華させたのが、東洋大学の二代目山の神 柏原竜二選手です。2009年の第85回大会、1年生ながら5区に抜擢された柏原選手は、先頭と4分58秒あった絶望的な差を単独走で詰め、8人をごぼう抜きして往路優勝を強奪しました。視線を鋭く据え、歯を食いしばりながら前方の走者を容赦なく捉えていく姿は「山の神童」「新・山の神」と畏怖され、4年連続で区間賞を獲得。東洋大学の黄金期を牽引する絶対的エースとして君臨しました。
そして、高速化が進んだ時代に驚愕の進化を見せたのが青山学院大学の三代目山の神 神野大地選手です。2015年の第91回大会、柏原選手の不滅と見られた大記録をさらに24秒更新する1時間16分15秒(当時23.2km)を叩き出しました。体重40kg台半ばという極めて身軽な体躯から放たれる高ピッチのステップは、重力の影響をまるで受けていないかのような浮遊感を漂わせ、原晋監督率いる青山学院大学を初の総合優勝へと押し上げる原動力となりました。