『釣りキチ三平』矢口高雄の生涯|脱サラの真相と死因・遺した功績

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矢口高雄(本名・高橋高雄)は、1939年(昭和14年)に秋田県雄勝郡西成瀬村(現・横手市増田町)の農家に生まれました。幼少期から絵を描くことが大好きだった少年は、高校卒業後の1958年に地元の羽後銀行(現・北都銀行)へ就職。融資や営業の現場で働きながら、労働組合の広報誌で4コマ漫画やカットを描き、行内でも一目置かれる存在となっていきます。

地方銀行員としてのキャリアは12年に及び、すでに結婚して長女も誕生。地方の安定した生活基盤を築いていましたが、矢口の胸中には「一度きりの人生を漫画に捧げたい」という激しい渇望が燻り続けていました。当時、白土三平の劇画作品に強い衝撃を受けた矢口は、30歳を手前にして漫画雑誌『ガロ』への投稿を開始します。そして1969年、東北の婚礼の風習を描いた短編『長持唄考』が第5回ガロ賞に入選を果たしました。

周囲の大反対や将来への不安を抱えながらも、矢口は1970年に退職を決意します。「30歳を過ぎたら後戻りはできない」という退路を断つ覚悟で秋田に家族を残し、単身で東京へ上京。遅咲きながらも不退転の決意で挑んだこの脱サラ劇こそが、後の漫画史を塗り替える第一歩となったのです。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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