京都・錦天満宮の鳥居がビル貫通?理由やご利益・御朱印を徹底解説
新京極通りを歩いていると突如現れる、ビルの外壁を突き破るようにそびえ立つ石造りの鳥居。初めて訪れた人の多くが足を止め、思わずカメラを構える錦天満宮の名物スポットです。
この鳥居がビルを貫通するに至った背景には、1935年(昭和10年)の鳥居建立と、その後の高度経済成長期における都市開発のドラマがあります。
1969年(昭和44年)、周辺の区画整理に伴って両隣の土地にビルを建設する計画が持ち上がりました。その際、土地の境界線を定めるために鳥居の「柱の幅」を基準に測量が行われ、設計が進められました。しかし、鳥居の上部にある横木(笠木や島木)は柱よりも左右に約40〜50センチメートルほど張り出しています。この上部の張り出しを見落としたままビル工事が着工してしまったのです。
神聖な鳥居を切り縮めるわけにはいかず、かといってビルの建設を取りやめることもできない――そこで両者が協議を重ねた結果、「鳥居をそのまま残し、ビルの内部に鳥居の先端を引き込む」という柔軟かつ前代未聞の設計変更が行われました。現在も隣接する店舗やテナントの内部に入ると、壁から突き出た鳥居の先端を間近に確認することができます。京都ならではの信仰と商魂、そして寛容な都市文化が生んだ奇跡の景観です。
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