赤尾敏の残響と激動の昭和史:大日本愛国党が今も問いかけるもの
1960年10月12日、日比谷公会堂で起きた浅沼稲次郎暗殺事件は、大日本愛国党の名を全世界に知らしめる決定打となった。当時17歳だった元党員の少年・山口二矢が、演壇で演説中だった日本社会党委員長の浅沼稲次郎を刃渡り約33センチの白鞘の短刀で刺殺。テレビの中継カメラがその生々しい瞬間を捉えていた。
このテロリズムは戦後民主主義に対する最大の挑戦と受け止められ、治安当局を震撼させた。事件直後から警察庁警備局は極右勢力への監視と取り締まりを急激に強化。山口は直前に党を脱退していたものの、赤尾の演説に心酔していた事実から、背後関係の追及と政治団体の暴走抑止に向けた治安行政のあり方が抜本的に見直される契機となった。
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