市川猿之助の週刊誌報道と事件の真相|判決から2026年現在の姿を追う
報道の第一報が朝刊やSNSを駆け巡った2026年5月18日午前10時過ぎ、東京都目黒区にある猿之助の自宅で、マネージャーによって意識朦朧の猿之助と、すでに心肺停止状態にあった両親が発見されました。父である四代目市川段四郎さん(当時77)と母の延子さん(当時75)は搬送先で死亡が確認され、死因は向精神薬の大量摂取による中毒死と特定されました。
現場となった自宅の地下室やスケッチブックには、遺書とみられる複数の書き置きが遺されていました。そこには、自身の身の回りの世話をしていた最愛の付き人兼俳優関係者「M」に対する財産分与を願う文面とともに、「愛している」「次の世界で会おう」といった赤裸々なメッセージが記されていました。この書き置きの存在は、猿之助の遺書の真相として連日トップニュースで報じられ、社会にさらなる衝撃を与えました。
一命を取り留めた猿之助は、精神科病棟での治療を経て、2026年6月27日に母親への自殺幇助容疑、7月18日には父親への自殺幇助容疑で警視庁に逮捕されました。取り調べおよび同年10月20日に東京地裁で開かれた初公判において、本人は起訴事実を全面的に認めました。法廷で語られた市川猿之助の事件の経緯は、極限状態に追い詰められた家族の悲劇そのものでした。
猿之助の供述によれば、前夜に週刊誌の発売を知り、「記事が出れば自分の役者生命は完全に終わり、松竹や関係各所に計り知れない迷惑をかける。死んでお詫びするしかない」と両親に心中を打ち明けたといいます。これに対し両親は「あんただけを死なせはしない。次の世界へ一緒に行こう」と応じ、自宅にあった睡眠導入剤をすりつぶして口にし、ビニール袋をかぶせるなどの行為に至ったと説明されました。
2026年11月17日の判決公判において、東京地裁は懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。裁判長は「両親が自ら死を受け入れた側面はあるものの、自らのスキャンダルを苦に両親を巻き込んだ責任は極めて重い」と断じつつも、本人が深く反省し社会的制裁を受けている点を考慮して執行猶予を付しました。検察・弁護側ともに控訴せず、この判決は確定しました。