やなせたかしの死因と最期|94歳で遺した言葉とアンパンマンの真実
晩年のやなせ氏は、まさに自他共に認める過酷な闘病生活の連続でした。自著やインタビューの中で、自らの体をユーモアを交えて「病気のデパート」「病気の総合病院」と呼んでいましたが、その病歴は想像を絶するものでした。
60代後半から70代にかけて腎臓結石やすい臓炎を患い、70代半ばで腎臓がんが発覚して腎臓を片方摘出。その後も80代で膀胱がん、白内障、緑内障、心臓ペースメーカーの植え込み手術、重度の糖尿病、ヘルニア、肺炎など、生命の危機に幾度も直面しました。視力が極度に低下し、自らの手元すら覚束ない状況に追い込まれながらも、ルーペや特殊な眼鏡を用いて執筆を続けました。
本来であれば、2011年春の映画公開をもって漫画家生活からの完全引退を決意していました。しかし、その直前に発生した東日本大震災(3.11)が、彼の運命を大きく変えました。
被災地のラジオから流れる『アンパンマンのマーチ』に励まされ、子供たちが涙を流しながら歌っているという現地の声を聞いたやなせ氏は、「今こそ自分がアンパンマンとして子供たちを元気づけなければならない」と、引退宣言を即座に撤回。体調不良を押して被災地支援ポスターを描き下ろし、現地へ何度も足を運んで子供たちと握手を交わしました。己の命を削って他者に希望を届ける姿は、まさに自分の顔をちぎって飢えた者に分け与えるアンパンマンそのものでした。
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