エベレスト「虹の谷」の恐ろしい真相|遺体が語る過酷なデスゾーンの現実
エベレストに眠る遺体の中には、過酷なルート上の「道標(目印)」として世界中の登山者に認知されるようになってしまった有名な事例が存在します。
標高8,500mのランドマークとなった「グリーンブーツ」
北稜ルートを登る登山者たちが必ず通過する石灰岩の窪み(通称:グリーンブーツ・ケーブ)に長年横たわっていたのが、通称「グリーンブーツ(Green Boots)」と呼ばれる遺体です。
この遺体は、1996年の悪名高い大量遭難事故で命を落としたインドの登山家ツワン・パルジョール氏(当時28歳)と推定されています。彼が履いていた鮮やかな黄緑色の登山ブーツが雪から突き出ていたことからその名がつきました。頂上を目指す登山者たちは、このブーツを目にするたびに「山頂まであと数時間」「標高8,500mに到達した」という過酷なチェックポイントとして認識せざるを得ませんでした。2014年以降、有志の手によってルート上から見えにくい場所へと移動されましたが、今もなおデスゾーンの冷徹さを象徴するエピソードとして語られています。
最後の言葉を残して逝った「スリーピングビューティー(眠れる森の美女)」
もう一つの悲劇は、1998年にアメリカ人女性として初めて無酸素登頂を成し遂げたフランシス・アルセンティエフ氏です。彼女は下山中に夫セルゲイ氏とはぐれ、標高8,600m付近で深刻な低体温症と酸素欠乏に陥り動けなくなりました。
当時、現場を通りかかったイギリス人登山家イアン・ウッダル氏らは登頂を断念し、彼女の救助を試みました。しかし、激しい風と極度の疲労、薄れていく自らの酸素残量を前に、立ち上がることすらできない彼女を搬送することは不可能でした。「私を置いていかないで」という哀切な懇願を残しながら、ウッダル氏らは自らの生存のためにその場を立ち去る苦渋の決断を強いられました。
その後、青いウェアを着たまま雪上に静かに横たわる彼女の姿は「スリーピングビューティー(眠れる森の美女)」と呼ばれるようになりました。ウッダル氏は強い自責の念を抱き続け、9年後の2007年に追悼遠征を組織。彼女の遺体をアメリカ国旗で包み、登山ルートから見えない急斜面の谷底へと丁重に滑落・安置する「儀礼的な埋葬」を敢行しました。