財閥とは何か?四大財閥の歴史・Ghq解体の真相と現在の姿を徹底解明
戦前の日本経済を語る上で欠かせないのが、経済中枢を牽引した三大財閥(三菱・三井・住友)、そこに安田を加えた四大財閥、そして昭和期にかけて台頭した新興コンツェルンを含む15大財閥の存在です。
三大財閥には、それぞれ創業の出自と企業風土に根ざした明確な気風の違いが存在し、それは現代のグループ企業にも受け継がれています。
「組織の三菱」と称される三菱財閥は、土佐藩出身の岩崎弥太郎が創業。海運業から身を起こし、明治政府の保護を受けながら鉱山、造船、重化学工業へと進出しました。官僚的とも言える規律正しさと強固な組織力で国家プロジェクトを支えてきた歴史を持ちます。
「人の三井」と呼ばれる三井財閥は、江戸初期の豪商・三井高利が祖。呉服店(越後屋)と両替商から発展し、卓越した商人感覚と有能な番頭(経営幹部)を重用する抜擢人事の伝統を誇ります。商業・金融・軽工業に強みを発揮してきました。
「結束の住友」を掲げる住友財閥は、戦国時代から続く銅製錬業と別子銅山が発祥。400年以上の歴史に裏打ちされた「浮利を追わず」という堅実な経営哲学と、一族・幹部の極めて強固な結束力を武器に、金属・素材・機械分野で盤石の地位を築きました。
これらに金融王・安田善次郎が一代で築き上げた安田財閥(安田銀行を中心とする金融特化型財閥)を加えたものが四大財閥です。さらに昭和初期には、日産コンツェルン(鮎川義介)や日窒(野口遵)、日曹、森、理研といった先端科学・重化学工業を軸にした「新興財閥」が台頭し、旧来の財閥と覇を競いました。
これら四大財閥に加えて、渋沢財閥、古河財閥、大倉財閥、浅野財閥、川崎財閥、野村財閥などの「中小財閥」、そして日産、日窒、森、日曹、理研といった「新興コンツェルン」を合わせた15グループが、後にGHQから15大財閥として指定を受け、徹底的な解体対象となりました。