難攻不落の防衛機構を暴く!高知城が秘める裏ルートと本丸の真実
関ヶ原の戦いにおける功績によって遠江国掛川から土佐一国を拝領した山内一豊。彼を待ち受けていたのは、旧長宗我部家遺臣らによる根強い抵抗と、水害が頻発する荒ぶる鏡川・江ノ口川のデルタ地帯だった。この困難な治水と築城を精神的・財政的に支えたのが妻の見性院(千代)である。大河ドラマ『功名が辻』でも広く描かれ、NHKオンデマンドのアーカイヴでも今なお多くの視聴者を惹きつける彼女の内助の功と一豊の決断力は、大高坂山の丘陵を巧みに生かした名城へと結実した。
全国の現存十二天守のなかでも、高知城は近世平山城・城郭建築の到達点として異彩を放つ。享保十二年の大火で一度は焼失したものの、宝暦年間に再建された天守や本丸御殿は、創建当時の古式ゆかしい設計思想をそのまま忠実に再現した。天守と本丸御殿が直結し、当時の大名の居室と軍事司令塔が一体となって残る唯一無二の遺構は、近世武家社会の緊張感を今に伝えている。
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