島本和彦と庵野秀明の真実|「俺の負けだ」から40年続く天才の絆

今注目を集めている 島本和彦と庵野秀明の真実|「俺の負けだ」から40年続く天才の絆について、多角的な視点をご紹介しています。

2人の接点が生まれたのは1980年、大阪芸術大学映像計画学科(現・映像学科)のキャンパスでした。同級生として机を並べた同期生には、後にGAINAX(ガイナックス)を立ち上げることになる山賀博之や赤井孝美、そして庵野秀明と島本和彦(本名:手塚秀彦)という、恐るべき才能が集結していました。

入学当初から、庵野氏の才能は群を抜いていました。大学の課題として提出されたパラパラマンガや自主制作のペーパーアニメーションを見た島本氏は、その規格外の動きと構成力に激しいショックを受けます。のちにDAICON FILMとして伝説となる短編アニメーションの制作へ向かう庵野氏らの姿を前に、島本氏は「とんでもない怪物が同じ教室にいる」と強烈な焦燥感を抱くことになりました。

自らもプロ漫画家としてのデビューを虎視眈々と狙っていた島本氏にとって、庵野氏の存在はまさに「乗り越えるべき巨大な壁」であり、若き日の創作意欲に火をつける最大の起爆剤となったのです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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