漆黒の烏城・岡山城天守閣を徹底解剖!令和の大改修と歴史の謎に迫る
岡山城天守閣を初めて目にした旅行者が真っ先に息をのむのが、闇夜を思わせる重厚な黒の下見板張りです。この漆黒の佇まいこそが「烏城(うじょう)」と呼ばれる所以ですが、なぜこれほどまでに黒さにこだわって建てられたのでしょうか。
その背景には、築城主である宇喜多秀家と天下人・豊臣秀吉との深い主従関係があります。秀吉に重用され、若くして五大老のひとりにまで登りつめた秀家は、秀吉の大坂城天守が黒漆塗りの下見板に金箔瓦をあしらった豪壮な仕様であったことを強く意識していました。
当時、黒漆塗りの城は最高権力者の象徴であり、特別な格式を誇るものでした。秀家は大坂城の意匠を色濃く反映させることで、豊臣政権への揺るぎない忠誠心を示すとともに、西国大名たちに対して自らの権威を誇示したのです。白漆喰が主流となる江戸期以前の、まさに戦国覇権の美学がそのまま結晶となった姿といえます。
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