中曽根康弘の功績と噂の真相|戦後政治の総決算から合同葬の経緯まで
中曽根政権が掲げた最大のスローガンが「戦後政治の総決算」でした。これは、占領期に作られた諸制度や行政機構を総点検し、民間の活力を引き出す小さな政府を目指す大改革構想です。その象徴となったのが、日本国有鉄道(国鉄)、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社の「三公社民営化」でした。
なかでも最大の難関とされた国鉄民営化を断行した背景には、約25兆円に達していた巨額の累積赤字と、年間1兆円を超える赤字を垂れ流す構造的破綻がありました。度重なるストライキや放漫経営により国民の信頼を失っていた国鉄を、JR各社へと分割民営化することで経営責任を明確化し、サービスの抜本的向上を図ったのです。
さらに、この改革には強力な政治的意図も存在しました。当時、野党(日本社会党)の最大の支持基盤であり、過激な労働運動を主導していた国鉄労働組合(国労)の解体です。中曽根自身も後年の回顧録で「国労を崩壊させ、総評を解体へと導く狙いがあった」と認めており、行財政改革であると同時に、戦後左派勢力の基盤を根本から揺るがす高度な政治闘争でもありました。
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