片山さつきの実家は名家?父は数学者、浦和の生い立ちと資産家の真相
片山さつき氏のルーツを語る上で欠かせないのが、旧姓と現在の名門家系図の広がりです。彼女の本来の生まれ姓は「朝生(あそう)」であり、大蔵省入省時の本名も朝生さつきでした。
最初の結婚相手は、当時東京大学助教授で国際政治学者として脚光を浴びていた舛添要一氏でした(1986年にお見合い結婚、1989年に離婚)。その後、1990年に運命的な再婚を果たしたのが、実業家の片山龍太郎(かたやま・りゅうたろう)氏です。
片山龍太郎氏は、世界的精密機器・ゴルフ用品メーカー「マルマン」の創業者である片山豊氏の長男であり、慶應義塾大学からハーバード大学経営大学院(MBA)を修了した国際派ビジネスリーダーです。産業再生機構の執行役員などを歴任し、数々の名門企業の経営再建を手がけてきた財界の重鎮として知られます。
この再婚により、片山さつき氏は「朝生家のアカデミズム」と「片山家の財界ネットワーク」を統合。政界・官界・財界のすべてに太いパイプを持つ強力な家系図を築き上げることとなりました。
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