救国の英雄か冷酷な破壊者か?サッチャー「鉄の女」の実像と真相
マーガレット・ヒルダ・ロバーツことサッチャーは、1925年に東イングランド・グランサムの質素な食料品店の次女として生を受けました。決して上流階級ではなかった家庭で、敬虔なメソジスト教徒であり地方議員も務めた父アルフレッドから「他人に流されず自力で道を切り拓くべし」という克己心を徹底的に叩き込まれます。名門オックスフォード大学で化学を専攻した彼女は、研究者として働きながら法学を修め、弁護士資格を取得するという驚異的な努力を重ねました。
実業家デニス・サッチャーとの結婚を経て、1959年に庶民院(下院)議員に初当選。保守党内で急速に頭角を現し、エドワード・ヒース内閣での教育科学相を経て、1975年には野党保守党の党首選挙で勝利を収めます。そして1979年の総選挙において労働党政権を破り、イギリス初の女性首相として歴史的なダウニング街10番地入りを果たしました。
代名詞となった鉄の女の由来は、首相就任前の1976年に遡ります。冷戦下でソ連の軍備拡張政策を痛烈に批判した演説を行った際、ソ連の国防省機関紙『赤い星』が彼女を威嚇する意図を込めて「ウジェレズナヤ・ダマ(鉄の女)」と書き立てたことが発端でした。しかし彼女はこの蔑称を怯むどころか自らの強みへとすり替え、「彼らの言う通り、私の信念は鉄のように固い」と誇らしげに受け入れたのです。
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