キンプリはなぜ2人になったのか?脱退の真相と分裂の裏側を徹底解説
キンプリの分裂理由を読み解くうえで、決して避けて通れない要素が「海外進出への強いこだわり」です。King & Princeは、創業者のジャニー喜多川氏が生前最後に直接デビューを手掛けたグループでした。ジャニー氏が彼らに託した最大のミッションこそが「全米進出」「世界へ通用するボーイズグループの創出」だったのです。
特に平野紫耀は、デビュー当初からインタビューで「世界で通用するアーティストになること」を一貫して語り続けていました。彼らはアメリカ武者修行へ赴き、世界的な振付師によるハードなダンスレッスンを重ね、シングル『Magic Touch』などで世界水準のHIPHOPサウンドを果敢に提示してきました。
しかし、当時の所属事務所(旧ジャニーズ事務所)のメインビジネスは、あくまで「国内のドームツアーやアリーナツアー」「国内地上波テレビ番組」「国内タイアップ」を中心とする巨大な内需完結型モデルでした。国内での需要があまりにも高すぎたがゆえに、スケジュールは国内のドラマ、映画、バラエティ、舞台で数年先まで埋め尽くされていたのです。
2022年当時、メンバーは20代中盤から後半に差し掛かっていました。世界基準のダンス・ボーカルパフォーマンスを武器にグローバル市場へ打って出るには、肉体的な全盛期である20代のうちに本格始動しなければ間に合わないという「年齢的なタイムリミットへの焦燥感」が、平野や岸の中に強烈に存在していたことは当時の各社報道や関係者取材からも裏付けられています。
一方、永瀬廉と髙橋海人は「日本国内のファンに寄り添い、王道のエンターテインメントを丁寧に届けること」に深い尊厳と誇りを見出していました。世界を目指す熱意を共有しつつも、「今応援してくれている国内ファンを置いてきぼりにしてまで海外へシフトするべきなのか」というアプローチの差が生じ、結果として埋められない価値観の溝となっていったのです。