Kkコンビの軌跡と真実|甲子園の伝説からドラフト事件・現在の関係まで
プロ入り後、二人はそれぞれの道で超一流の輝きを放ちます。
清原和博は西武ライオンズに入団後、高卒1年目から31本塁打を放ち新人王を獲得。森祇晶監督率いる黄金時代の西武で「不動の四番」として日本シリーズを連覇し、球界を代表するスラッガーへと上り詰めました。
一方の桑田真澄も、巨人の伝統のエースナンバー「18」を背負い、卓越した制球力と野球IQで沢村賞を獲得するなどチームの柱として君臨します。1994年の「10.8決戦」での胴上げ投手、右肘の重傷からの不屈の復活劇など、記録だけでなくファンの記憶に残る投球を続けました。
そして1997年、清原がFA宣言を経て念願の読売ジャイアンツへ移籍。実に11年ぶりにKKコンビが巨人で再結成されることになります。ファンは熱狂しましたが、チーム内での二人の距離感は高校時代とは異なっていました。エースとしての責任感から孤高を保つ桑田と、番長スタイルでチームを牽引しようとした清原。プレースタイルや価値観の違いから、メディアでは頻繁に不仲説や確執が書き立てられました。表面的な衝突はなかったものの、お互いに踏み込めない距離を保ち続けた年月でした。
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